欧亜国際列車(おうあこくさいれっしゃ)・人道(じんどう)の港敦賀ムゼウム

欧亜国際連絡列車を使って敦賀港へやってきた、ユダヤ人たちについて展示されているミュージアム、人道の港敦賀ムゼウム

観光地の詳細情報

"人道の港"敦賀に残る史実

古くから港町として栄えた敦賀は、ヨーロッパへの玄関口としての役割を果たしていました。 1912年には、世界一長いシベリア鉄道を利用した、日本とヨーロッパを結ぶ最速の交通路、欧亜国際連絡列車が運転開始されました。

敦賀の鉄道史が分かる敦賀鉄道資料館
(C)福井テレビ

この列車を使ってウラジオストック港経由で敦賀港へやってきたポーランド孤児やユダヤ難民たちがいました。外交官であった杉原千畝は、政府の命令に逆らって通過ビザを発給して彼らの命を救い、その史実から、国際港敦賀を「人道の港」として見直す機運が高まっています。

人道の港・敦賀ムゼウム
(C)福井テレビ

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