国吉城跡(くによしじょうあと)

美浜町佐柿の通称「城山」山頂にあり、戦国武将・粟屋勝久が古城跡を改修して築城したといわれる城

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国吉籠城で得た名声

戦国期の1563年(永禄6)から1568年(永禄11)まで毎年のように侵入してきた朝倉氏。 その軍勢を、三方郡国吉城の城主・粟屋勝久の率いる軍が撃退した合戦は、「粟屋勝久の国吉籠城」と高く評価され、城主粟屋勝久の勇名とともに伝わっています。

国吉城跡がある通称「城山」
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城山の山頂には本丸跡がある
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その活躍は『若州三潟郡国吉籠城記』などの軍記物にまとめられました。

国吉城に関する資料が集められた若狭国吉城歴史資料館
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また、1570年(元亀1)越前攻めのために、木下藤吉郎(後の豊臣秀吉)や徳川家康らを伴って国吉城に入城した織田信長は、城を守った勝久を褒め称えたとも伝わっています。

土塁で二つの区域に分かれる伝二の丸跡
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本丸跡には土塁や石垣などの遺構が見られる
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