今庄宿・板取宿(いまじょうじゅく・いたどりじゅく)

柴田勝家が改修した北国街道にあり、本陣や商家などが保存され、当時の面影を残す宿場

観光地の詳細情報

交通の要として栄えた今庄

北国街道が通っていた栃の木峠
(C)福井テレビ

1578年 (天正6)、北の庄城主柴田勝家が信長の居城である安土城参勤のため、栃の木峠を通る道の改修をしてできた北国街道。

戦国時代になると北陸と京都を結ぶ道は、木ノ芽峠越えの西近江路か、栃の木峠越えの北国街道を通るようになりました。これらの道は今庄で合流し、今庄は北陸への玄関口にある宿場として大いに栄えたのです。

北国街道沿いの今庄宿には、大名や幕府役人など位の高い人が宿泊した本陣や商家、旅籠など当時の面影が色濃く 残っています。

見通せないように曲がりくねった今庄宿の街道
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水戸天狗党も宿泊した京藤甚五郎家
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また、今庄宿の次にある板取宿は、近江と越前を結ぶ要の宿場として賑わい、茅葺き妻入りの民家や屋根のすそを切り上げた兜造りの民家が今も保存されています。

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