吉峰寺(きっぽうじ)

1200年前、泰澄が開いたといわれる寺で、道元禅師が越前入り後に滞在し、ここで『正法眼蔵』(しょうほうげんぞう)を執筆。

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正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)

吉峰寺
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『正法眼蔵』(しょうぼうげんぞう)は、道元禅師が仏道の根源を説いたもので、1231年から1253年まで生涯をかけて著した95巻に及ぶ大著です。

道元禅師が永平寺を開く前、吉峰寺に滞在するおよそ1年の間に、その3分の1を著し、弟子たちに示しました。

『正法眼蔵』は、仏教思想に基づいた哲学書でもあり、後に西洋の哲学にも影響を及ぼしました。

道元禅師の教えを今に伝える坐禅石
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道元禅師の教えを今に伝えるものとしてもうひとつ、『坐禅石』(ざぜんせき)があります。坐禅石は、吉峰寺の法堂の裏手にある石で、かつて道元禅師がこの上で坐禅を組んだと伝えられるものです。

200年以上前に玄透禅師が坐禅石を見て詠んだ漢詩
吉峰寺蔵

坐禅石を詠んだ漢詩の詩幅が、吉峰寺に残されています。この漢詩は、寛政8年(1796)、前年に永平寺の50世となった玄透禅師(げんとうぜんじ)が、吉峰寺を訪れ詠んだものです。

静かに今に留まる坐禅石。無言の教えを説き続けているようです。

江戸前期の俳諧師、松尾芭蕉は、その有名な「奥の細道」の旅の途中で、元禄2年(1689)8月、天龍寺の大夢和尚を訪ね、寺に宿泊しました。

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