疋田舟川(ひきたふながわ)

若狭と京、近江を結ぶ交易路の一部として小浜藩に開削され、海産物など物資を積載した舟が往来していた川

観光地の詳細情報

苦難を越え実現した運河

1816年(文化13)に小浜藩に開削された、幅2.7メートル、長さ6キロの小さな川、疋田舟川。

疋田集落を流れる舟川
(C)福井テレビ

この川は、日本近海に異国船が出没し、京畿の食糧を確保するため、従来からあった琵琶湖―敦賀間の運河開削計画を具体化したものです。 古くは平清盛がこれを計画し、敦賀城主大谷刑部も企画したと言われています。西廻り航路が開発された寛文期以降、京都商人をはじめ幕府あるいは地元の問屋等によって、いくどとなく計画されましたが、利害関係が複雑にからみ長い間実現されなかったのです。

物資は疋田から琵琶湖へ荷上げされた
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川底には舟を滑らせる枕木が残る
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