吉江藩の名残 西光寺(さいこうじ)、七曲通り(ななまがりどおり)

近松門左衛門が幼少期を過ごしたとされる地。7つの曲がり角がある古い街並みは城下町の趣きを今も残す

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吉江藩

吉江藩の館跡
(C)福井テレビ

1645年(正保2)、福井藩主松平光通の弟、松平昌親(まさちか)が福井藩主より2万5000石を分地されて成立したのが吉江藩です。

吉江藩邸から移築された西光寺の山門
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吉江藩主となった松平昌親は、1840年(寛永17) に忠昌の三男として福井城下で誕生、慶安四年に元服し、従五位下・兵部大輔に叙任され、名を昌親と改めました。

「吉江」の命名については諸説があり、その昔、あたりは水はけが悪く葦(あし)が生い茂っていたところから付けられたともいわれています。

七つに曲がる吉江七曲り通り
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吉江に暮らしたといわれる近松門左衛門が家族とともに吉江藩に入った時は3歳。京都に移るまで吉江で過ごした多感な少年時代の経験や出来事が、近松作品の中にいかされていることは間違いないといえるでしょう。

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