福井城址
時の移り変わりを見守ってきた掘と石垣が、築城当時へと想像を駆り立ててくれる城址
観光地の詳細情報
家康が「縄張り」した城
福井城は築城に際して、徳川家康が建物や城門などの配置を決める“縄張り”をしたと伝えられています。
北陸の押さえとなる福井を治めるため、徳川政権が最も信頼できる人物として、自身の次男である結城秀康に領地を与え、そして築城時の“縄張り”も自ら行った家康。それだけ家康が福井の地を重要に考えていたことがうかがえます。 秀康は福井に入りすぐに築城に取りかかり、約6年の歳月をかけて城を完成させます。
勇壮な天守閣をもつ広大な城郭は、北陸の要に相応しい威容を誇るものでした。 しかし天守閣をはじめ大半の建物は、1669年(寛文9年)の大火で焼失。
その後、天守閣が再建されることはなく、巽櫓が明治に入るまでその役目を果たしていました。
瑞源寺のホームページURL <http://www.zuigenji.com/>
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福井城址
江戸のはじめに結城秀康が築いた福井城の城址。本丸の石垣が残っていて、天守台には、「福井」の地名の由来となったと言われる緯度「福の井」がある。
住所:福井市大手3丁目17-1
交通情報:JR福井駅から約0,7km、車で3分