芝原用水は、結城秀康が初代福井藩主になって間もなく、家老の本多富正に命じて開削されたとされます。
当時、北ノ庄の地下水は鉄分が多くて飲料水には不向きでした。そのため飲用にも利用できる水を得るため、九頭竜川から水路を引くこととなったのでした。
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取水口は城下から北東約8kmにある芝原(現在の永平寺町)。掘削の大工事はようやく1607年に完成し、水は福井城下の飲料水として利用されました。福井藩は芝原上水を厳重に管理し、ゴミや雪を捨てたり、洗濯などをした者は厳しく罰しました。
また、藩主別邸の御泉水屋敷(養浩館)の池や、城郭の堀への取水などにも使われ、下流域では染色や農業用水に利用されました。
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